X100と世界の写真家

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FUJIFILM “最高峰”のカメラで
世界“最高峰”を撮る

登山家 平出 和也さん

Profile
1979年生まれ。大学時代に山岳部で本格的に登山を始め、2001年に中国チベット自治区のクーラ・カンリ東峰(7,381m)に初登頂。ヒマラヤを舞台に“未知への探求”をテーマにして、新ルート登頂、無酸素登頂、山頂からのスキー滑降など、オリジナリティのある登山を実践する。2009年には、インドのカメット峰(7,756m)で未踏の東南壁を登はんし、パートナーの谷口 けい氏とともに、登山界のアカデミー賞といわれる「第17回ピオレ・ド・オール」を、日本人として初めて受賞。2001年、2009年に、読売新聞社主催「日本スポーツ賞」も受賞している。

1クライマーの僕が写真を撮るようになったわけ

僕がヒマラヤを登り始めて、ちょうど10年。しかし、初めは写真に興味はなかった。「自分の目だけで見ていたい」と思っていたのだ。それに、ただでさえ極地用装備に酸素ボンベを背負う重装備だから、カメラを持っていく余裕があれば、少しでも荷物を軽くしたい。その分、水や食料、酸素ボンベを持っていきたい……。荷物の中身は、自分の生命に関わるからだ。

でも、経験を重ね、「いい登山ができている」と思えるようになってから、考えが変わってきた。「普通の人には見られない景色を、多くの人に見せてあげたい。僕には、伝える義務があるんじゃないか」「人の荷物を持ってあげるサポートもあるけれど、撮影してあげるという形のサポートもあるのではないか」。それは誰にでもできることではない。前人未踏の登山をするのとは、また違う形の僕の“挑戦”でもあるのだ。
それから僕はカメラを持って山に登るようになり、「記録すること」にこだわり出した。

2“最高峰”のカメラとともに“最高峰”に登る
運命を感じた出会い

登山の内容には、タイミングで決まる要素も多い。どの山に登るか。季節や天候は、体調はどうか。誰がパートナーになるのか……。
エベレストに出発する直前に、X100発売のニュースを知った。富士フイルム“最高峰”のデジタルカメラ。僕は今、世界“最高峰”のエベレストに登ろうとしている。「これは、僕にエベレストで使ってほしいということなのかな」と直感した。“最高峰”と“最高峰”。この上ない共通項だし、絶妙のタイミングだ。

実は、僕の父親も山が好きで、いいカメラをたくさん持っていた。子どもの頃に何度か、それらのカメラを触らせてもらったことがある。「いいなぁ」と心底思った。
X100を触ったときに、その感覚を思い出した。それまで自分では買えなかったし、手にすることはできなった、レトロでいい感触のカメラ。X100と出会い、長年の思いを手中に収めた喜びを感じた。

そして、「Made in Japan」であること。世界中から登山家が集まるヒマラヤを舞台にするようになって、世界中の人に一目見て興味を持ってもらえるもの、そして、日本の良さを伝えられるものを持ちたいと思うようになった。その思いは、年々強くなってきている。
X100は、くしくも「Made in Japan」にこだわったカメラだった。
そうして僕は、運命を感じたX100を携え、エベレストへと向かった。

3生死を分ける過酷な戦いだからこそ道具にはこだわる。
X100は僕にとってゆるぎないパートナーだ。

登山ではいろいろな道具を使うが、一つひとつを非常にこだわって選び抜く。例えば、“岳人の魂”と呼ばれるピッケル。生死をかける道具だからこそ、信頼関係を築けるかどうかが、選ぶときの第一条件となる。いきおい、選択眼はシビアになる。

信頼関係を築けるものにはすべて、手にしたときに伝わってくるものがある。X100のマグネシウムダイキャスト製の重厚な質感とほどよい重量……。X100を手にした瞬間、僕はX100が信頼関係を結べるパートナーになると確信した。

X100も含めて、今回僕は、いくつもの撮影機材を持ち込んでいた。デジタル一眼レフカメラ、防水コンパクトカメラ、ビデオカメラ……。しかし、すべてをエベレスト山頂に持っていくことはできない。現地に到着後も、5,350mのベースキャンプまで持っていくもの、7,906mの最終キャンプから8,848mのエベレスト山頂に持っていくもの、と、何段階かの厳正な選抜作業があるのだ。

カメラに関して言えば、選抜の第一関門は、エベレストの美しい星空が撮れるかどうか。空気のきれいなエベレストで見られる星の数は、おそらく東京の100万倍はあるのではないだろうか。ぜひともみんなに見せたい、山の風景のひとつだ。それにはバルブ機能がほしい。X100にはバルブ機能がついている。これは大きなポイントだ。それに、一眼レフ並みの描写性もありながら、コンパクト。一台でマルチに撮れる。僕は迷わず、X100を選んだ。

そのほかにも、いくつもの選抜基準をクリアして、最後まで残ったのは、結局X100だった。日本を出てから約1カ月半。エベレストのふもとの街にいるときからずっと、いつもX100を肩にかけ、街の子どもたちを撮ったり、キャンプの様子を撮ってきた僕は、X100に一心同体と言えるぐらいの愛着を持ち始めていた。
単に小さいだけ、軽いだけのカメラにはない何か。登山界では「Light & Fast」がキーワードになっているが、X100には、それとは違う、一緒にいたいと思わせる「何か」がある。X100をキャンプに置いていくという考えは、全く浮かばなかったのだ。